「32人妊娠男」「おばあちゃんと20代の恋」…高齢者を狙うAI偽動画が日韓で大問題に

韓国で急増するAI生成偽ドキュメンタリーの実態
最近、韓国のYouTubeやFacebookで人工知能(AI)によって作られた「偽ドキュメンタリー」コンテンツが急速に拡散している。これらの刺激的なコンテンツは、主にAIで生成された画像合成とナレーションで制作されており、荒唐無稽な内容にもかかわらず数十万回の再生回数を記録し、一部の視聴者がこれを事実として受け取っている深刻な状況が発生している。
特に注目を集めたのは、YouTubeのあるチャンネルに投稿された「32人の女性と関係を持った韓国青年」というタイトルの動画で、再生回数70万回、いいね数1万2000個を突破するなど人気を博し、視聴者に混乱を与えた。動画のコメント欄には「天国に行ってこられたんですね。徳をたくさん積まれたのでしょうか」「まさに感動そのもの」「人口政策の研究対象だ」「男性がハンサムだ」「とても羨ましい」など、動画内容を真剣に受け取る反応が殺到した。
このチャンネルには他にも「70代おばあちゃんと20代黒人の美しい同居」「52歳義母と26歳義息子の衝撃妊娠」など、刺激的で非常識な動画が次々とアップロードされ、高い再生回数を記録している。AI生成物かどうかの確認が困難な高齢層を対象に、彼らの孤独感と疎外感を悪用して無分別に虚偽情報を拡散しているのが現状だ。
日本でも深刻化する高齢者向け偽動画詐欺

この問題は韓国だけでなく、日本でも深刻化している。2025年6月、日本のメディアでも高齢者層に向けられたフェイク動画がネット上に出回る事態が報告された。「7月から預金が簡単に引き出せなくなる」という嘘の内容で高齢者の不安を煽る動画や、「7月1日から65歳以上の高齢者のバス料金が無料になる」という虚偽情報を含む動画が25万回以上再生されている。
これらの動画の特徴は、白髪の男性が話しているように見えるが、実際には微動だにしておらず、どこか違和感のある音声と間違った字幕が使用されていることだ。専門家は「AIなどを使いながら大量に自動的に作られている動画ではないか」と指摘し、高齢者に刺さるキャッチーな嘘で再生回数を稼ぎ、広告収入につなげる狙いがあると分析している。
実際に76歳と84歳の兄妹に動画を見せた実験では、普段YouTubeを見る84歳の兄は「実際そんないい話ってあるのかな。やっぱり裏は取りたい」と慎重な反応を示したが、YouTubeをあまり見ない76歳の妹は「さほど違和感はない」と答え、偽動画だと知らされると驚きを隠せなかった。
AI技術の悪用と性的ディープフェイクの急増
AI技術の悪用は偽ドキュメンタリーだけにとどまらない。警察庁の発表によると、生成AIなどの技術を悪用し、実在する子どもの画像を使って性的な画像を作り出すいわゆる「性的ディープフェイク」に関する相談や通報が国内で急増しており、2024年に警察が把握した事案は100件を超えることが明らかになった。
その中で、生成AIを利用して作成されたことが確認された事例は少なくとも数件あり、15件は同級生や知人によって作られたものであった。実際に逮捕に至ったケースもあり、制服を着た同級生の女子生徒の画像を生成AIで加工し、複数の男子生徒にSNSで拡散した男子中学生が名誉毀損で書類送検された事例や、コンビニで女児を盗撮し、生成AIで作成した女性の裸体画像と合成した男が住居侵入目的建造物侵入として逮捕された事例などが報告されている。
警察庁は「被害の相談は氷山の一角で、潜在的な被害者がいる可能性がある。被害の実態を把握しながら法律と証拠に基づいて対処していく」と述べており、青少年保護に関する意識向上や関係省庁による対策チーム設置、被害実態の共有、効果的な対策の検討を目指している。
高齢者のデジタルリテラシー向上への取り組み
一方で、高齢者のデジタルリテラシー向上に向けた積極的な取り組みも始まっている。鳥取市では2025年6月10日、シニア世代向けの生成AI教室が開催され、約30人の参加者(ほとんどが60代以上)が参加した。新たなコンテンツを生み出す人工知能・生成AIを高齢者にも身近に感じてもらい、暮らしの中で活用してもらおうと、鳥取ユネスコ協会が主催したものだ。
講師は「こちらはすべて生成AIで作られた画像でして、最近はもっとレベルアップしているので、本当に見破られない状況」と説明し、参加者たちは生成AIの能力の高さに驚きを隠せなかった。このような教育的アプローチは、高齢者が偽情報に騙されることを防ぐ重要な手段として注目されている。
また、NICT(情報通信研究機構)がKDDIなどとともに開発した高齢者向け対話AIシステムMICSUS(ミクサス)も注目を集めている。このシステムは、高齢者の健康状態や生活習慣を適切かつ正確(精度約93%)に収集し、雑談も含めすべての高齢者の発話に対し高精度(精度約93%)で適切に応答することができる。
ディープフェイク検出技術と法的対応の現状
ディープフェイク技術の急速な進化に対応するため、検出技術の開発も進んでいる。McAfeeなどのセキュリティ企業は、ディープフェイクを見破る方法についてのガイドを提供している。現在、画像データさえあれば、まるでその人が目の前にいるかのように動いたり話したりすることが可能になり、もはや人間には本物と見分けがつかないレベルに達している。
解析技術も存在するものの、ディープフェイク技術の進化は止まらず、いたちごっこ状態になっているのが現状だ。実際に世界では、上司になりすまして顧客データを流出させられたり、ヌード画像を偽造されていじめられたり、亡くなった人をディープフェイクでよみがえらせるといった事件が発生している。
高齢者をターゲットにした「オレオレ詐欺」も悪質な犯罪だが、自分なら騙されないと思っている人でも、ディープフェイクを見抜くのは難しいのが実情だ。世界ではディープフェイクの規制が進み、日本でも着々と対策が進められている。また、解析技術をビジネスチャンスと捉え、開発を進める企業も現れている。
今後の対策と社会への影響
AI技術は私たちの仕事や生活をより便利にする素晴らしい技術だが、使い方次第では人の人生を壊してしまう凶器にもなり得ることを改めて認識する必要がある。特に高齢者層は、デジタル技術に対する理解が限られているため、悪意のある者によって容易に標的にされる可能性が高い。
東洋大学社会学部の小笠原盛浩教授は「一番問題になるのが拡散してしまうこと。こんな大事な情報はお友達に教えてあげないといけないと思うかもしれないが、思いとどまってください。複数の情報源を確認する」と警告している。偽情報との戦いにおいて重要なのは、個人レベルでの情報リテラシーの向上と、技術的な対策の両輪で進めることだ。
大切なのは、私たち自身がディープフェイクのリスクを理解し、有名人だろうと赤の他人だろうと、自分自身の画像であっても、面白半分で加工してSNSなどに拡散するような行為は、幼稚で無価値なことだと認識し、倫理観を持って行動することだ。また、高齢者向けのデジタルリテラシー教育の充実と、プラットフォーム事業者による自主規制の強化、そして法的枠組みの整備が急務となっている。