ベビードール・アーチ詐欺事件:元恋人がAI技術で復讐、140万フォロワーの偽インフルエンサーで1500万円荒稼ぎ

バイラル現象の裏に隠された恐ろしい真実
2025年7月、インドのソーシャルメディアで突如として話題となったInstagramアカウント「ベビードール・アーチ」は、わずか数日でフォロワー数が倍増し、140万人を超える圧倒的な人気を博しました。毎日新しいファンが流入する理由は、投稿される大胆な写真や動画を見たいという欲求からでした。
特に注目を集めたのは、赤い伝統衣装を着てルーマニアの歌手の楽曲「Dame Un Grr」に合わせて誘惑的なダンスを踊る動画でした。さらに、アメリカの成人映画女優ケンドラ・ラストと一緒にポーズを取った写真も大きな話題となりました。これらのコンテンツにより、アーチは一気にスターダムにのし上がったのです。
アーチの名前はGoogle検索ランキングにも登場し、SNS上では関連するミームが溢れ、ファンページが次々と作られました。インド北東部アッサム州出身として初めて、アーチがアメリカの成人産業に進出するという憶測まで流れるほどでした。主要メディアもこの熱狂を報道し、アーチを「インフルエンサー」として描写していました。
巧妙に仕組まれた復讐劇の全貌

しかし、このインターネット熱狂の背後に存在していたのは、実在の女性ではありませんでした。Instagramアカウントそのものはにせものでしたが、アーチの顔は、アッサム州ディブルガル市で主婦として生活している実在の女性(警察は「サンチ」と呼んでいます)の顔と不気味なほど似ていました。
真実が明らかになったのは、サンチの兄が警察に通報し、サンチの元恋人である機械工学エンジニアのプラティム・ボラが逮捕されたことからでした。事件を担当するシザル・アガルワル捜査官はBBCとのインタビューで、サンチとボラの関係が良好ではなく、ボラが「純粋に復讐したい」という理由でAIを使ってサンチに似た顔の女性を作り出したと説明しました。
アガルワルによると、人工知能技術に魅力を感じて独学で学んだ機械工学者のボラは、サンチの写真を使用してこのような偽のプロフィールを作成したということです。現在ボラは拘留中で、まだ立場を表明していません。BBCは彼の家族に連絡を取っており、回答があれば記事に反映する予定です。
AIツールを駆使した長期詐欺計画
「ベビードール・アーチ」のInstagramアカウントが設立されたのは2020年頃で、コンテンツが初めてアップロードされ始めたのは2021年5月でした。アガルワルによると、初期の写真はサンチの実際の写真を変形したものでした。
時間が経つにつれて、ボラはChatGPTやDzineなどのAIツールを使用してコンテンツを作成するようになりました。そして、ディープフェイク動画や写真などを大量にアップロードし始めたのです。アカウントが「いいね」を受け始めたのは昨年からですが、大々的に注目され始めたのは今年4月からだと言われています。
一方、サンチ側が今月11日夜に警察に提出した2段落の短い告訴状には、一部の写真や動画などが証拠として含まれています。アガルワルは、告訴状に特定の人物名が抜けている理由について、当時はまだ誰が背後にいるかわからなかったためだと説明しました。実際、「ベビードール・アーチ」という名前は警察にとっても見慣れない名前ではありませんでした。
巧妙な収益化システムと被害の拡大
最も衝撃的だったのは、ボラがこの復讐スキームを収益性の高いビジネスに変えたことでした。警察の捜査により、彼は詐欺的なアカウントを通じて様々な購読サービスで収益化し、推定100万ルピー(約1500万円)を稼いでいたことが明らかになりました。
アガルワルは、ボラがアカウントを通じて収益を上げていたため、警察はノートパソコン、携帯電話、ハードディスク、銀行書類などを押収したと明かしました。アカウントの購読者は3000人に達しており、逮捕前の5日間で稼いだお金は30万ルピーに達すると推定されています。
このエンジニアは、偽のGmailアカウントと複数のソーシャルメディアハンドルを作成して、ベビードール・アーチのペルソナを効果的に管理していました。7月には、おそらく監視の強化を感じ取ったボラは、アカウント名を「ベビードール・アーチ」から「アミラ・イシュタラ」に変更し、当局による発見を回避して詐欺操作を続けようとしていたと考えられます。
オンラインコミュニティの反応と疑惑の高まり
ベビードール・アーチ現象は、インドのソーシャルメディアプラットフォームで激しい議論を引き起こし、ユーザーは魅力と疑惑の間で分裂していました。Redditフォーラムでは、数人のユーザーが彼女の信憑性について疑問を表明し始め、疑わしいほど完璧な外見と一貫性のない視覚的詳細を指摘していました。
あるRedditユーザーは、ベビードール・アーチが完全にAI生成された人物である可能性があると具体的に示唆し、ディープフェイク技術がいかに洗練されたものになったかについてより広範な議論を引き起こしました。ケンドラ・ラストとのバイラル写真は、オンライン憶測の特別な焦点となり、多くのユーザーが画像がAI生成なのか本物なのかを疑問視していました。
鋭い目を持つソーシャルメディアユーザーは、照明、顔の対称性、写真解像度の不一致に気づき、これらは本物の写真よりもAI生成ビジュアルに似ていました。アカウント名が説明なしに「アルチタ・プカン」から「アミラ・イシュタラ」に神秘的に変更されたことをユーザーが観察したとき、議論は激化しました。
被害者の苦悩と警察捜査の過程
この巧妙なスキームの真の被害者であるサンチは、ソーシャルメディアでの存在感がなく、ストーリーが主要メディアでバイラルになるまで何が起こっているのか全く気づいていませんでした。アガルワルは、サンチが自分のアイデンティティの悪用について知ったとき「極度に動揺した」が、現在彼女と彼女の家族はカウンセリングを受けており、回復の兆しを見せていると明かしました。
家族は詐欺的なアカウントの閲覧をブロックされており、広範囲な注目を集めた後でのみ状況を発見しました。サンチの兄が7月11日に提出した警察の苦情は、様々な写真やビデオの印刷された証拠を伴った、注目すべきほど簡潔な2段落のものでした。興味深いことに、苦情は当初容疑者を名指ししませんでした。家族がデジタルなりすましの責任者が誰かについて全く見当がつかなかったからです。
Instagramがアカウント作成者に関する情報を提供した後、捜査は迅速に進展し、警察を直接ボラに導きました。法執行機関は実際に苦情の前から「ベビードール・アーチ」という名前を知っており、アカウントがAI生成であることを示唆するメディア報道やオンライン憶測を見ていました。しかし、実在の人物の肖像に基づいているという兆候はありませんでした。
法的影響とサイバー犯罪の結果
ベビードール・アーチ事件は、インドのサイバー犯罪起訴における重要なマイルストーンを表しており、当局はボラに対して複数の法的規定を適用しています。告発には、性的嫌がらせ、わいせつ物の配布、名誉毀損、評判を害する目的での偽造、アイデンティティ詐欺、および様々なサイバー犯罪違反が含まれています。すべての告発で有罪判決を受けた場合、ボラは最大10年の懲役に直面する可能性があり、これはAI支援犯罪の深刻な性質を反映しています。
法律専門家は、この事件がインドの現在の法的枠組みにおけるディープフェイク犯罪の起訴の課題を浮き彫りにしていると指摘しています。既存の法律はある程度の保護を提供していますが、AI技術の急速な進歩はしばしば立法的対応を上回っています。この事件は、生成AIの悪用とディープフェイク作成を具体的に対象とした、よりロバストな立法に対する要求を引き起こしました。
AI専門家で弁護士のメグナ・バルは、サンチの事件は「恐ろしいが、ほぼ防ぐことは不可能」であり、女性が長く耐えてきた復讐ベースの画像共有の延長であるとコメントしました。彼女は、AI技術がそのような犯罪をより実行しやすくしたが、社会的偏見や被害者の認識不足のために依然として過小報告されている可能性があると指摘しました。この事例は、ディープフェイク技術に関するより良い検出システムと公的啓発キャンペーンの緊急の必要性を強調しています。
デジタル社会への広範囲な影響と教訓
ベビードール・アーチスキャンダルは、AI技術がジェンダーベースの暴力と金融搾取のために武器化される驚くべき容易さを露呈しました。この事件は、インドにおけるディープフェイク関連サイバー犯罪のより広範なパターンの一部であり、AI駆動の詐欺とアイデンティティ盗用により2025年に推定70,000クロールルピーの損失が予測されています。現代のディープフェイクツールの洗練さは、一般ユーザーが本物と操作されたコンテンツを区別することをますます困難にしています。
ソーシャルメディアプラットフォームは、ディープフェイクコンテンツのより良い検出と防止メカニズムを実装するよう圧力を受けています。Meta(Instagramの親会社)は一般的にヌードや性的コンテンツを禁止していますが、同社は実在の人物の写真を使用して性的ディープフェイクを作成することを宣伝するAIプラットフォームの広告を削除しました。しかし、アカウントがプライベートにされているにもかかわらず、ベビードール・アーチのコンテンツはオンラインで流通し続けており、一部のユーザーはすべての投稿のアーカイブを維持しています。
この事件は、ディープフェイク技術が正当な用途を持っているにもかかわらず、悪用された場合に深刻な害をもたらす可能性があることを厳しく思い起こさせます。バルが指摘したように、「ディープフェイクは本質的に悪ではないことを覚えておく必要があり、法律は表現の自由を抑圧することを避けるために慎重に作成されなければなりません」。課題は、技術革新とデジタル搾取からの個人保護のバランスを取り、ますますデジタル化する社会における信頼を維持することにあります。